高松高等裁判所 昭和43年(う)287号 判決 1969年4月30日
本店所在地
徳島市佐古八番町四番二六号
有限会社
魚勘商店
右代表者
魚谷幸男
本籍
同市同町佐一五の二番地
住居
同市同町四番二六号
会社役員
魚谷幸男
昭和七年九月七日生
右両名に対する法人税法違反被告事件について、徳島地方裁判所が昭和四三年六月一七日言渡した判決に対し、右被告人両名から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官島岡寛三出席の上審理して、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人有限会社魚勘商店を罰金七〇〇、〇〇〇円に、被告人魚谷幸男を罰金三〇〇、〇〇〇円に各処する。
被告人魚谷幸男において右罰金を完納できないときは金二、五〇〇円を一日に換算した期間、
同被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人島内保夫作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
所論第一点、事実誤認論旨について。
所論は、要するに、原判決は被告会社の昭和三九年一二月一日から昭和四〇年一一月三〇日までの事業年度(以下単に当期という。)における犯則所得として九八五万〇、五一四円を認定したが、被告会社の右事業年度における店頭売り除外金は僅少であつて、その犯則所得は前記のように多額ではなく、前記犯則所得中には当期の所得以外のものが混入している疑いがあるのに右所得を根拠に本件法人税は脱額を算定したのは事実を誤認したものであるというのである。
そこで記録を精査し、原審において取調べた各証拠に、当審における事実取調の結果を参酌して検討すると、まず、原判決は、被告会社の当期における犯則所得を算出確定するにあたり、犯則益金として被告会社の当期期末における簿外(架空名義および無記名)の普通および定期預金総額から期首におけるそれを減じて得られる増加額、当期中に簿外に被告人魚谷の個人用途および同被告人の妻に支払つたと認められる金額(仮払金)および簿外借入金につき当期中に返済された金額(借入金)を確定し、その合計額から原判示のような四種の犯則損金の勘定科目の合計額を減じた額(右各勘定科目の金額は、原判決挙示の当該各証拠によれば、いずれもその算定したとおりであることが認められる。)を犯則所得と認定しているのであるが、本件におけるようにその額の点は別としてもの架空経費を計上し、あるいは被告会社の売上金の一部を正規の帳簿に記載せず、これを簿外の銀行預金にして所得を秘匿するなどの不正行為をなしたことが明らかであり、帳簿書類等の完備していない場合においては、必ずしも当該年度の総収入を確定し、その金額から必要経費を差し引いて所得を確定する方法によることを要せず、前記のような方法で犯則益金および犯則損金を算定し、その差額をもつて犯則所得と推認し、法人税ほ脱額を算出することも許されると解すべきである。もつとも刑事裁判においては、右方法によつて所得を確定する場合に当期の収益または費用でないものが混入していないかを慎重に検討する必要があり、右混入の合理的な疑いが存する場合においては、もちろんその推定金額をもつて犯則所得金額と認定することは許されないものといわなければならない。そこで本件についてみると、原判決が前記の犯則損金勘定として認定した科目中には、被告人魚谷が被告会社設立前に同種の個人営業時代に保有していた商品を被告会社設立後に同社にそのまま事実上引継いで販売したものと主張する金額二〇〇万円をそのまま未払金として認め、また、被告人魚谷個人が徳島県の施工する道路拡張工事に際し、受領した家屋移転補償金中から、被告会社の前記簿外預金に繰り入れられたと認められる簿外借入金の返済にあてたと主張する金二八〇万円と、被告人魚谷個人の給与および同人の妻で被告会社の取締役である魚谷英子の各給与としてその主張する金額の当期分の合計額(被告人魚谷が右各給与の一部が前記簿外預金に混入している旨捜査官に供述していることを考慮したものと思われる。)を合した額三九六万円を仮受金として損金の一部に計上するなど被告人側の申立を十分考慮しているものと認められるし、また、被告人魚谷幸男の原審および当審における供述中には、同被告人がその嫁の祖父からの借用金約五〇〇万円を手元においていたのを、当期中に道路拡張工事のためその住家を移転することになつた際に預金した旨述べている部分があり、右祖父である藤川金次郎の検察官に対する供術調書によれば、昭和三一年から同三四年の間に二〇回にわたり、被告人魚谷が右藤川から営業資金等として合計金五三〇万円を借入していることが認められるけれども、右借入金中金二〇〇万円は、同被告人が昭和四〇年六月一五日前記工事補償金として徳島県から受領した金員中から返済し、残余については、昭和四〇年六月から毎月給与ば名目で三万円ずつ返済する約定をし、一部履行をしている(記録一三六丁表)のであり、右借用の時期、被告人魚谷の各取引銀行との間の出入金の状況、多数の銀行と取引関係をもちながら前記のような多額の現金を手元におくということは、商事会社の経営者として通常とるべき態度とは考えられない点と、被告人魚谷が収税官吏に対し、過年度末には被告会社および被告人魚谷個人が簿外現金を有していなかつた旨供述している(記録二九九丁)ことを考慮すると、被告人魚谷の前記供述部分は到底措信できないのであつて結局本件各証拠を検討しても、原判決認定の犯則益金から犯則損金を減じて算出できる被告会社の本件事業年度の犯則所得中に、その年度の収益でないものが混入しているものとは認め難い(所論は被告会社の本件事業年度における店頭麦り除外金は僅少である旨主張し、これにそう内容のある原審証人魚谷英子らの証言を挙げているけれども、いずれも被告会社の関係者であり、正規の帳簿の記載にもとづくものでもなく、ばくぜんと一日の売上高を供述しているものであつて、被告会社の本件事業年度における店頭売上高をは握するにはいずれも不十分であつて、前記の収益が混入していることを推認することは勿論、その疑いを生ぜしめる根拠となるものとは認められない。)以上前記犯則所得から公表の所得の赤字三二〇万二、四一二円を減じた額を被告会社の当期における所得金額と認定した原判決の認定は相当であつて、所論の事実誤認の点があるものとは認められないのである。本論旨は理由がない。
所論第二点、量刑不当論旨について。
所論は、要するに、原判決が被告会社を罰金一〇〇万円、被告人魚谷を罰金五〇万円の各刑に処したのは、不当に重過ぎる量刑であるというのである。
そこで記録を精査して本件の情状を検討するに、被告会社の代表取締役であつた被告人魚谷幸男が、多数の領収証を偽造するなどの方法で架空経費を計上し、あるいは、売上収入の一部を公表帳簿より除外するなどの不正経理により当期の法人税二二六万六、一三〇円をほ脱した本件犯行の態様、その脱税額等の事情を考慮すると、被告会社および被告人魚谷に対する原判決の前記各科刑を必ずしも首肯できないことはない。しかしながら、被告会社は当期における修正申告にもとづく法人税二九一万九、六九〇円を完納したほか多額の法人税の重加算税の納付を命ぜられて完納していること、被告会社は本件発覚後、事実上営業が継続できない状態となつていること、被告人魚谷は過去に前科もなく、本件を深く反省し、新たに自ら代表者となつて株式会社を設立し、公正な経理を行なう決意を有していることがうかがわれること、その他記録に現われている被告人両名に有利な諸般の情状を考慮すると、原判決の量刑はいずれも重きに失するものと考えられる。本論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。
原判決の認定した事実に、原判示各法条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 谷本益繁 裁判官大石貢二は転任のため、署名、押印することができない。裁判長裁判官 呉屋愛永)
控訴趣意書
有限会社 魚勘商店外一名
右呼名に対する法人法違反被告事件につき、弁護人は、控訴の趣意をつぎのとおり提出する。
控訴の趣意
第一、原判決が認定している自昭和三九年一二月一日至昭和四〇年一一月三〇日の事業年度における実際の犯則所得九、八五〇、五一四円のうち、約四、〇〇〇、〇〇〇円については、所謂店頭売上除外金を操作してなしたとされているものである。
しかし、つぎに述べる理由から、この約四、〇〇〇、〇〇〇円が、果して、右事業年度の間に店頭で売却した商品代金であるか否か、換言すれば、右事業年度分以外のものが全然含まれていないと断言できるかどうかにつき重大な疑問点が存在しているにも拘らず、原判決は、これにつき、安易に、その総てが右事業年度の間に発生した所得金額であると認定している。
弁護人及び被告人共に、この約四、〇〇〇、〇〇〇円のすべてが右事業年度だけの間に発生した店頭売上除外金ではないことを確信しているので、以下、その理由を述べる。
一、田村豊の検察官に対する昭和四一年一一月二五日付供述調書第四項では、一五、七四二、九七三円にのぼる簿外預金につき、「この当期に増加した簿外の普通預金および定期預金は、いずれも、魚勘商店が店頭売上金の一部を会社の公表帳簿に記載せずに裏預金としたり或いは架空経費を計上して、それによつて捻出した金を会社の裏預金としたもので会社の犯則所得とみるべき性質のものです」と供述している。
二、而して、被告人会社は、所謂卸売商人であつて小売商人でないところから。店頭売りは、あつたとしても極めて少額であると考えるのが自然である。
特に、右事業年度にあつては、道路拡張工事が進行していたときであつて、これにともない、被告人会社にあつても、この工事のために商売に支障をきたしていたときであり、また、立退きの準備のために店舗全体が狭隘になつていたところから、他の事業年度のときより売上が減少したものと考えざるを得ない。
三、証人田村豊の原審における供述では、被告人会社の右事業年度における店頭売除外金はそれまでの事業年度のそれより著しく増加していると述べており、また、同人の前記検面調書第二項では、「昭和三九年一一月期および昭和三八年一一月期の各事業年度については、法人税捕脱は認められますが、その金額がわずかであるので法人税の課税処理で済ませ告発はしておりません」と述べ、被告人会社に対する関係では、特に、この事業年度分に限つて著しく所得が増加したということになつており、その大半が、店頭の売上げ除外金だと言つている。
四、以上述べた二と三とを対比して考えれば、右事業年度における所得は、減少こそすれ増加するが如き情況にあつたとは到底考えられない。この理は、犯則所得の主要なる部分になつている店頭の売上げ金についても同様である。
五、かように、右事業年度における店頭売り除外金というものは、被告人会社に関しては、極めて、少ないものであつたにも拘らず、(証人魚谷英子、同矢野美代子、同浜口喜由の各証言参照)
調査の結果、発生不明の金員がでてきたので、その処理に窮した捜査員が、安易に、そのすべてを右事業年度における売上げ除外金という名目にして処理してしまつたのがことの真相である。(被告人魚谷幸男の1審における供述参照)
六、ことが単なる課税処分ではなく、本件の如く、刑事裁判にあつては、その所得が、右事業年度における犯則所得金だとして告訴されている以上、このすべてが果して、その年度中に発生したものであるかどうかを証拠に基いて認定すべきであることは証拠裁判の原則からいつて当然なことである。
発生原因不明の金員が仮りにあつても、それは、右事業年度の分に関係のないものであるかも知れないのであるから、これを、安易に、右事業年度中のしかも店頭の売上げ除外金だとすることは、以上詳述した如き合理的な理由がある以上到底許されないことである。
七、弁護人は、この点について、期庁の公正な審理をお願い申し上げます。
第二、仮に、被告人会社にいくらかの犯則所得が認められるとしても、原判決の旨刑は、つぎの理由から重きに失つするものである。
一、本件は世に言う所謂魚勘事件から派生的に発生したものである。
二、この事件で現在徳島地方裁判所で獄起中の民事事件が敗訴になれば、被告人会社の右事業年度における決算は、明らかに赤字である。
三、本件は、被告人が自発的に述べたもので、また、発生原因不明の金については、捜査員の要求により、そのすべてを店頭売りの除外金だとして処理したものである。
四、本件に対する諸税金はすべて完納すみである。
以上
昭和四三年一〇月一四日
右両名弁護人 島内保夫
高松高等裁判所第三部 御中